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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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クルス場

                                岩手県キリシタン殉教地

東北のキリシタン殉教地


クルス場(クルスバ)は、東北地方のキリシタンにとって最重要拠点であった水沢にある殉教地。

クルスとは十字架のことで、もともとは後藤寿庵が設けたキリシタンのため墓地でしたが、禁制の時にはこの辺りで信徒の処刑が行われました。

クルス場

クルス場


「クルス場(ば)」は「黒須婆」とも書きます。

現在は一般の墓地になっており、お地蔵様が見下ろす下に、仏教のお墓が建ち並んでいます。

カトリック教徒のお墓は東に5分ほど歩いた場所にあります。

捕縛されたキリシタンは、クルス場の辺りにあった福原刑罰場で処刑されました。

元和6(1620)年、最上領庄内の人ジョアキム津島と妻アンナ、由利の人トマスともう一人のトマス、それに二人のキリシタン合計6人が斬首されました。

元和7(1621)年には50~60人のキリシタンをここで火焙りにしたと石母田文書に記録があります。
寛永元(1624)年、パウロ金蔵、レオ権右衛門、三宅藤右衛門の3人が処刑されました。

クルス場橋

クルス場橋


2008年に列福されたペテロ岐部は、クルス場近くにあった三宅藤右衛門の家に隠れているところを捕まえられたといわれていますが、一説にはペテロ岐部が捕まったのはクルス場橋の上だったともいわれています。

いずれにせよこのクルス場の近辺で、日本人で初めてエルサレムにまで行きローマで司祭になった偉大な人物は、殉教への道へ踏み出すことになりました。

クルス場橋の下を用水路が流れています。

かつて「アラビヤの砂漠のようだ」とイエズス会宣教師アンジェリスに言われたこの地方は、渡来した宣教師たちから学んであろう後藤寿庵の治水技術で潤され、豊かな穀倉地帯になったにも関わらず、宣教師とキリシタンの多くの血を流す殉教地になってしまいました。

寿庵廟とクルス場は一本の道でつながれています。
当時斬首された首は街道筋に晒されたといいますが、この辺りだったのでしょうか。
詳しい場所はわかっていませんが、陰惨な処刑が行われたことは歴史的な事実として心に刻むべきだと思います。

クルス場
クルス場遠望
クルス場
クルス場の地蔵尊
クルス場橋
クルス場橋
クルス場橋
クルス場橋から


 現地への行き方
JR水沢駅から徒歩15分ほどのところにある寿庵ロードを直進し、T字路で左折。600メートル先の左手にあります。



この地図はおおまかな位置を示すものなので、現地の案内板に従って所在地を確認してください。

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